創世記 第9回

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カインとアベル(4章1~24)

アダムとエバにこどもが生まれました。エデン追放以来、出産には苦痛がともなうようになりましたが、それでもエバは「主が息子を授けてくださった」と、ヤハウェの恵みに感謝したのでした。

こうしてカインが誕生、のちにアベルも生まれます。兄は父の仕事をついで畑で働くようになり、弟は羊飼いになりました。(9章3節より以前は肉食の習慣がなかったらしいので、羊毛や毛皮のための飼育だったらしい)

弟殺し

さてある日。カインとアベルは、それぞれの仕事の成果を持って祭壇にやってきました。
ところがここで、事件の発端がおきるのです。なんとヤハウェは、弟アベルのさささげものだけを喜び、あろうことか兄カインのささげものを無視したのです。
列王記上18:21-40から類推するなら、おそらくアベルが祭壇に置いた小羊だけが燃え上がり、カインが置いた畑の産物はそのまま残されたのでしょう。

なぜヤハウェは俺の献上品を無視するのかっ!
カインは激しい怒りのあまり、伏せた顔を上げることもできず肩を震わせていました。兄としてのメンツもプライドもズタボロ。彼の怒りは弟へのねたみとなり、「おのれアベルめ、弟の分際で」と怒髪天をつく勢い。

その思いを知って、ヤハウェはカインに語りました。[もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。]

「もしお前が正しいのなら」どうやらヤハウェは、カインの心根が正しくないのを知っていたようです。ヤハウェは不公平なのでもなく、もちろん野菜嫌いだからカインの献上品に手をつけなかったのでもありません。アベルのささげものを喜んでカインのささげものを喜ばなかった、というのではなくて、「正しい人」アベルを喜んで「正しくない人」カインを喜ばなかったのです。

ただ、この時点ではヤハウェはまだ「カインに罪がある」とは見ていません。罪に陥らないようにしなければならないと、教えているだけです。
怒ること自体は、罪ではないのです。新約聖書には「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません」と書いてあります。(*1)
怒ることは罪ではないが、怒り続けると罪を犯しやすくなるのです。

カインは怒りっぽいタイプだったのかもしれません。だから気をつけろ、怒りを制御しろ、罪に支配されず罪を支配せよ、とカインを愛するヤハウェは呼びかけているのです。
銀行の中には、今にも人質を殺そうとしている強盗。思いとどまらせようと外から必死で呼びかけている強盗の母親。そんなドラマのような緊迫した場面です。不公平どころではない。どれほどヤハウェはカインを愛していることか!

しかしカインは、怒りをしずめることができず、罪に支配されてしまったのです。彼はアベルを野に誘い出し、疑いもせずについてきた弟に襲いかかって殺してしまいました。
こうして人類最初の殺人(しかも肉親殺し)が起きてしまったのです。人類最初の死者は、実の兄によって命を奪われたのです。

なんという悲劇。

それでも、ヤハウェの愛が示されます。一部始終を見ていながら、悔い改める機会を与えるために「アベルはどこか」と尋ねたのです。
失楽園の時にも、アダムとエバが何をしたかを知っていながら判決を下す前にたずねられたのと同じです。が。あのときの父母同様、カインも悔い改めるどころか逃げようとしたのでした。不敵にも「俺は弟の番をしているわけじゃない」などと言いながら。

人には自由意志があり、神に逆らうことを選ぶこともできます。つまり罪を犯す可能性をつねに持っていると言えます。
だから神は悔い改めるチャンスを与えるのです。
カインがとぼけようとしなければ。アダムがエバのせいにしなければ。エバが蛇のせいにしなければ。自分の行為を悔いて懺悔していれば、破滅から逃れられたのかもしれません。

さばき

しかしなお、ヤハウェはカインを愛します。

正義であるヤハウェはとうとうカインを有罪とし、ヤハウェの前から追放することにしました。
しかし愛であるヤハウェは、人々が「あいつは神から切り捨てられた。あいつを殺しても神から罰は受けない」と考えてカインに危害を加えることのないように、カインにある印をつけたのです。

どのような印だったかは不明ですが、見た者に「彼は神に特別に守られている」と確実にわかるものでした。(これが人類最初の文字だとも言われています)。しかもヤハウェは「カインを殺す者には7倍にして返す」と宣言したのです。
こうしてカインは、ヤハウェの前を追いはらわれたものの、ヤハウェに守られながらエデンの東に去っていったのでした。

ヤハウェのカインへの愛はまだ続きます。彼は結婚して子供にも恵まれました。彼の子孫からは、遊牧民の先祖となる者、芸術家の先祖となる者、鍛冶屋の先祖となる者が現れるのです。文明はカインの血統からもたらされたとも言えます。
ただし暴力もこの血統からもたらされたのです。人類の文明は戦争を契機として発展してきたと言われますが、そのおおもとはカインにあったといえます。

おまけ

「え?誰がカインの命を狙うの?誰がカインと結婚したの?ほかに人間がいたの?」

聖書は、筋に関係のないことは記録していないだけで、この事件のころには他にもアダムとエバの子どもたちがいて、あちこちに別れて住んでいたのでしょう。
エバが裁かれる3章16節より以前は、出産は苦しみをともなわないものだったとも読めます。エデン追放以前に、カインの兄や姉が生まれていたかもしれません。


*1 エフェソの信徒への手紙4:26

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2版:2003年02月28日

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