創世記 第8回

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失楽園その3(3章)

楽園追放(20節~24節)

[こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。]
自分の意思でヤハウェに反抗することを選んだアダムとエバは、エデンを追放されてしまいました。しかもケルビム(*1)に番をさせ、剣の炎を置くという厳重さで。

こうして人間は、二度とエデンに行くことはおろか見ることもできなくなったのです。

ちょっと長い解説

この創世記第3章について、読者は次のような疑問を持つかもしれません。
「ヤハウェが全能なら、人が罪を犯さないように創造することはできなかったのか。あるいは、その木の実や蛇を人から遠ざけておくことはできなかったのか」
答えは、「ヤハウェにはそうすることもできたが、あえてそうしなかった」です。

もしヤハウェがそのように人を創造していたなら、つまり、ヤハウェの設計の通りにしか生きないように創造されていたなら、人は他の動物たちとかわらないのです。
たとえば、自分で自分あてのラブレターを書いたとして、それを受け取ってもうれしいでしょうか。それがどんなに情熱的な文面だったとしても、少しもうれしくないでしょう。

禁断の木の実や悪魔を人間のそばにおいたのも、無菌状態の箱庭で人間を飼うのではなく、選択肢を与えた上で主体的に、悪魔よりもヤハウェを選択する機会を示したのです。

創世記をここまで解説してくる中で、アダムとエバの行動について「自分の意思で」という言葉を何度も使いました。
自分の意思で考え行動できるというまさにこの点が、人間が他の被造物(創造されたもの)と異なる点、ヤハウェに似せて創造された証拠、ヤハウェに命の息を吹き込まれたなごりなのです。

自分の意思でヤハウェに従うか悪魔のそそのかしに従うかを選ぶ機会を与えられた人間は、後者を選択してしまいました。
全知のはずのヤハウェに、そうなることがわからなかったのか?もちろんわかっていました。それでもあえて、ヤハウェは人間をそういうふうに創造したのです。

とは言っても、悪魔に従わせるために人間を創造したのでもありません。大逆転が準備されているのです。推理小説のオチを先にばらすようで申し訳ありませんが、聖書のオチを書いてしまいます。

旧約聖書のはじめで、人間は罪によってヤハウェから離れました。しかしヤハウェは新約聖書のはじめに、ヤハウェに帰ろうとする人間の罪を消す「キリスト」という切り札を出すのです。そして人間の中でキリスト受け入れた者が神の側に帰る場面が、新約聖書の最後に予告されているのです。

ここでさらに、こんな疑問を持つ人がいるかもしれません。
「ヤハウェが人間をそういうふうに創造したのはわかった。ではそもそも、ヤハウェはなぜ人間と世界を創造したのか。」

おもしろいことにというべきか、この答えはどうも聖書には書かれていないようです。
もともと聖書には、ヤハウェが人間に教えるべき、伝えるべきとしたことしか書かれていません。そして、なぜ創造をおこなったかは、どうやら人間に教える必要はない(少なくとも今はまだ)とヤハウェは考えているようです。

人間も世界も創造しなければ、ヤハウェは悲しんだり怒ったりすることもなかったでしょう。神自身であるキリストが人間のために十字架で苦しむこともなかったでしょう。
確かなことは、そうなるとわかっていても神には人間を創造する理由があったということだけです。

たとえばあなたがどんなに小さな悪いことをしても、神はそれだけで非常に悲しみます。そして、あなたのために悲しみを味わうとわかっていて、それでも神はあなたを創造する理由があって命を与えたのです。
わたし(神)の目にあなたは価高く、貴く](イザヤ書43:4)

おまけ

エデンがなくなったのではなく、そこへ行く道が人間には通過不可能になっただけのように書かれています。では、エデンはどこに?

2章に、チグリス川とユーフラテス川はエデンから流れ出していたと書いてありますから、メソポタミアのあたりにエデンの園はあったのでしょう(あるいは、水が貴重な中東でエデンのすばらしさを表現するために、身近な大河を引き合いに出しただけという可能性もあります)。
でもそれは、2度と人間の目に触れることはないのです。SFっぽく言えば、この世界と平行して存在する別の次元という感じでしょうか。

至高の楽園が確実に存在するのに、絶対に行けない、と思うと残念な気もします。でもヨハネの黙示録で予言されている、世の終わりに現れる神の都は、どうやらエデンとは比べ物にならないくらいすばらしいところのようですよ。

今回はちょっと説教くさくなりましたが、次回からさくさく進みます。次はあのカインとアベルの物語です。


*1 ケルビム
詳細は不明。神のそばにいる生き物で、人間のように手足があり、翼で飛び、顔がふたつのものと4っつのものがいる。天子ではないが天使のような存在、らしい。

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2版:2003年02月27日

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