創世記 第2回

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旧約聖書とは

聖書は今でこそ1冊の本として出版されていますが、もとは旧約39巻(創世記はここに含まれる)、新約27巻、計66巻の巻き物からなります。(宗派によっては、もう少し増えます)

旧約と新約は何が違うかというと、旧約はイエス・キリスト以前、新約はイエス・キリスト後に書かれたものです。
大雑把に言って、旧約は「キリストが世に現れる」という神の約束、新約は「キリストを信じれば救われる」という神の約束を記しています。

旧約聖書には、イエスという名前はでてきません。でも、旧約聖書のどの巻にも、やがてキリストが必ず来るという神の約束が込められているといわれます。もちろん創世記にもです。

誰が書いたかというと、本文中に著者名がある巻もありますが、著者不明なものも多いです。

創世記をはじめ最初の5巻は、とりあえずモーセが書いたということになっています。このためこれらは「モーセ五書」とも呼ばれ、モーセといえば聖書の代名詞ともいえるほどです。

モーセはエジプトの王子として育てられたので、高い教育を受けていたでしょう。しかしモーセがすべてを書いたというよりは、モーセに起因する資料や口伝がのちの時代にまとめられた、ということのようです。

創世記とは

創世記は聖書のはじめの巻です。「創世記」というタイトルはのちにつけられたもので、もともとは冒頭の単語から「はじめに」という題で呼ばれていました。
何のはじめかというと、とにかくいろいろなもののはじめが記録されています。たとえば。

このいろいろな「はじめ」の中でも、特に重要なのが、次の二点です。

はじめに神は天と地を創造された

創世記の、そして聖書の、第一声がこれです。

え?非科学的?
現代の科学をもってしても、「神が世界を創造した」を否定することができていません。「神の存在を前提にしなくても、宇宙の起源を説明できる」ということと、「だから世界は神の作品ではない」ということは、イコールではありません。
むしろ、聖書は進化論仮説などよりよほど科学的なのです。

まあ、このページは「科学と聖書、どっちが正しいか」を論じるものではなく、聖書に何が書いてあるのかを紹介するものなので、このくらいにして、要は、聖書は問答無用で「神が世界とその中の万物を創造した」と断言しているということ、聖書はそういう世界観の上に展開されているということです。

もう一つの重要な「はじめ」は、「神の民のはじめ」ということです。

創世記を5分の1ほど読むと、アブラハムという人物が出てきます。特別に信仰が強かったわけでも、とくに功績があったわけでもなく、神が一方的にこの男を選んで、彼からはじまる一族を自分の民にすると定めます。はたして彼の子孫はひとつの民族を形成するまでになるのですが、これが神の民イスラエルのはじめです。
この旧約の時代にはおもに血筋によって「神の民」とされましたが、新約の時代になると、信仰によって「神の民」に加えられる人たち(現代においてクリスチャンと呼ばれる人々)が現れます。

さて、前置きはこれくらいにして、次号からこの「はじめについての記録」を読んでいきましょう。

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2版:2003年02月21日
更新:2009年09月30日

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第2版作成 2003年3月24日